15年越しのボコーダーの製作

                               2005年4月16日 by ごきち

 

☆序章

 2004年冬。百貨店で時間待ちに入った楽器屋で面白いものを見つけた。

 

 microKORG。鍵盤にマイクがニョキ。え?ボコーダー?歌ってみたい。店のお兄さんに頼んで音を出してもらった。

 4万5千円也。

 お遊びにはよさそう。しかし私の場合、楽器はできないので持ち腐れになるのがオチ。適当に遊んで娘にプレゼントしようかとも考えたが、おもちゃには高すぎる。

 音は随分前に自作したボコーダーと案外似ている。メインボードを製作してまもなく、調整中にモニター用のデッキを飛ばしてから封印した基板がある。ここまで明瞭度は良くはないけれど適当に遊べるものだった。

 いっそのこと、封印を解いてボコーダーを完成させるか?・・・最近、yahooチャットで電子回路やら何やら製作に励んでいる高校生の影響もモロに受けて、右手がはんだこてを持ちたがっている。今更だけど完成させてみるか、と、長年寝かせていたボードに改装を施し完成させた。15年越しになったボコーダー製作記である。

 

☆憧れの「トキオ」マシンを自作!

 1990年、大学の研究室を物色していて、広告をすっぱり切り取って製作記事だけにした数冊のトラ技の巻物が埋もれているのを発見。1980年代のぼろぼろの記事群。拾ってぱらぱらと見ていてボコーダーの製作記事を発見する。

 YMOのテクノポリスで曲の冒頭に出てくるフレーズ、「トキオぅ」というのマシンボイスをなんとか出したいと考えていた矢先の出来事だった。

 高校生の頃、音声反転秘話装置を作った時、反転周波数を低くずらした時に似たような声が出るな、と思っていたぐらいだったが、その声が自分で出せるかと想像すると我慢できなかった。

 完成品のボコーダーといえば当時15、6万円もする代物。楽器店でも見る機会はなかった。当時の私も楽器はだめだったが、ただ単に「自分の声で、あのマシンボイスを歌ってみたいだけ」という欲望に火がついてしまい自作に走った。

 学生当時は、自宅から通えるのにわざわざ大学の近所に下宿していた。好きなことが出来るアジトのようなもの。夜学だったので昼間はバイト、夜はたまに学校、もしくは徹夜でマージャン、暇があれば機械いじりという生活だった。なんとか生活費から制作費をひねり出し、約1万5千円かけて部品を調達した。

 当時のバイト料が月に約7万。勝手に家を出ていたので、仕送りは無い。その殆んどが生活費、家賃に飛んでいた頃の1万5千円。パーツだけでなく、ケースまで揃えたにもかかわらず、「それ風な音が出た」時点で完成させることなく製作を凍結していた。

 一旦メインボードは完成していた。しかしバラック状態での調整中、何かの拍子で出力からDC12Vが出てしまった為、モニター用に接続していたカセットデッキを飛ばしてしまう。それを機会に封印していた。

 その後「ボコーダー基板」は陽の目を見ることなくプチプチに包まれた状態で14年が経過することになる。

 

☆封印が解ける yahooチャットルームのマニアックな人たちとの出会い

 2004年春、上海に出張したときのこと。現地のビジネスホテルにADSLが完備してあることを知らされる。それと同時にマイクとwebカメラを繋げると簡単に日本と動画&音声チャットが出来るとも。仕事用にノートPCを持ち歩いていたので、これを使わない手はない。現地でヘッドセットとwebカメラを調達して比較的音声の通りやすいyahooチャットを試してみる。

 上海から日本の携帯にメールを打つ。「PCを立ち上げてhotmailを立ち上げて・・・」 家内はパソコンが苦手だが確実に操作してくれた結果、見事に接続することが出来た。

 しかし、ホテル内LANの為音声はyahoo、動画はhotmailを使うという同時接続。立ち上げる順番や何かのタイミングでよく落ちる。しかしタダでテレビ電話がかけ放題とは魅力的。

 なぜかyahooだと動画が繋がらない。なぜだどうしてだと、設定を触っていて、ふと、ユーザーチャットルームを見つける。

 今までこの手のチャットルーム物の経験はなかった。色々な部屋にひょこひょこと入退室を繰り返しているうちに「アマチュア無線の部屋」を見つけた。

 最初は「海外・上海からのアクセス」という嬉しがりの気分で入った。が、すぐにそんな考えは改まった。遠くはロンドン、モスクワ、また中国、オーストラリアからのアクセスも。皆さんDXチャットを楽しんでらっしゃいました。

 無線の話だけではなくアナログ、ディジタル等の電子回路や音楽と、幅広い話題が飛び交う。人生経験の豊富な方が多く、面白い話だけではなく貴重な経験談も聞くことが出来る。私も高校生の頃CB無線で遊んでいたこともあって喋るのも好きなほう。すぐに嵌ってしまった。

 当然帰国後も殆んど毎日入室するようになった。無線を同時運用中のOMさんだけではなく ボイスチャット用のマイクアンプを製作、販売する人、特にオーディオミキサーの自作に挑戦中の現役高校生がいたのが衝撃的だった。

 その高校生のオペアンプを使ったフィルター回路を製作、しかし異常発振、回路修正の過程を目の当たりにし、また、その製作回路がなんとなく見覚えのあるブロック図に似ている。書き方だけだが、ボコーダーブロック図にそっくり。(後で確認すると全然似てないことが判明しましたが) 久々に制作意欲に火がついてしまった。

 これがきっかけで押入れの奥底に封印してあったジャンク基板、工具とオペアンプの類のIC、それと作りかけたボコーダー基板を引っ張り出し、火を入れることになった。

 

☆ボコーダーとは?

 VOCODER(ボコーダー)とは VOICE CODER (ボイス・コーダー)の略で、人間の音声に含まれる各周波数成分のレベル変化にあわせてキャリア信号に含まれる高調波成分の各レベルを変化させることでキャリア信号があたかも喋ったような音色に聞こえるというもの。

 最初は、いかに少ない情報量で相手に言葉を伝えられるか、という情報圧縮の通信技術として研究されていたらしい。送信側では、どの周波数成分がどのくらい出ているかという声紋データ(フォルマント)を送信、受信側では受け取ったデータ量にあわせて送信元と同じ周波数の音量をリアルタイムで調整することで言葉として認識できるようになるという。

 人間の音声は1KHz〜3KHzの帯域があれば言葉として認識できるそうだから、その帯域に含まれる成分を数バンドに限定すること、各レベルの変化速度は遅くても良いのでかなりのデータ圧縮が可能になる。

 昔の音声合成チップにこの手法が使われていた。音声データを圧縮して各周波数の音量データとノイズ成分の音量をメモリに保持しておいて随時読み出して言葉としてつなぎ合わせるというものだった。

 今から20年以上前に「スピークアンドスペル」というアルファベットを入力すると、ガリガリ声で英語の発声をしてくれるおもちゃがあった。日本製では随分経ってからNECのPC−6601辺りのパソコンが喋っていたか。どちらにもボコーダーの音声圧縮技術が使われていた。

 これらは、いかに少ないメモリ、制御スピードで発音できるかという技術として使われていた。最近では大容量で高速のメモリが安く利用できるので、音声合成自体が使われていないが、一部の自動販売機などで鼻の詰まったような「いらっしゃいませ」といういかにも「機械の声」という音声もありました。

 音楽用途にも使われていた。シンセサイザー等の音源に含まれる高調波成分を肉声が含む高調波成分の大きさにリアルタイムで調整すると、喋りの音程を無視してシンセサイザーの音程がそのまま残り、喋っているような音色になる。この「音程が自在に変えられる」特性を活かして一昔前には、シンセサイザーミュージックやテクノと呼ばれるジャンルの音楽によく使用された。今でもハウス、テクノ系の音楽でサンプリングの音源として色付けに使われている。

 ハービーハンコック、ロージャー、クラフトワーク、テレックス等のミュージシャンがボコーダーを多用していた。日系だとYMOの曲「テクノポリス」の冒頭の「トキオぅ」というフレーズといえばどんな声になるかボコーダーの威力が分かるでしょう。

 今回完成させたボコーダーは正確に言うとシンセサイザー・ボコーダーと呼べるでしょう。単に声をサンプリングして再生周期を変えただけ=ピッチコントローラーではありません。

 

☆ボコーダーの構成

 音声フォルマントを付加させたい音源 :キャリア信号 を バンドパスフィルタ:BPF で帯域に分け、ボルテージコントロールドアンプ:VCA に入る。音声入力:マイク信号 もBPFで帯域に分け、全波整流の後平滑し、同じ帯域のVCAのコントロール入力とする。

 キャリアに含まれる倍音成分を人間の発音と同じタイミングでレベル調整することで喋り声に似た音声に仕上がる。

 倍音成分を多く含んでいる鋸波や和音をキャリア側に入力すると程よく喋り声に聞こえるが、正弦波だと言葉としては認識できない。

 トラ技の製作記事では、BPFを8ch構成としていたが、明瞭度を上げるため10ch構成とした。当初は12chとする予定だったが、ブロック毎に回路をバラックで組み立てて回路動作チェックをしていた時にVCAの部品を飛ばしてしまい、仕方なく10chとなった。

 トラ技に限らず製作記事は気をつけないと誤記が多い。ボコーダーの製作記事でもICのピンは書いていないし、ICの品番は間違ってるし、要のコンデンサ容量が書いていなかったり。しょうがないのでBPF回路、VCA回路とブロック毎にICB−88(サンハヤト)基板で試作してみた。

 以下、14年前の試作品の図。

 

  

VCA回路と全波整流回路の試作基板 中央のソケット部にCA3080(VCA用OP−AMP)が入る。当時は±12Vで実験していた。

 

 

マイクアンプとキャリア用のバッファアンプ回路の試作基板 マイクアンプには発振止め用に22pが負帰還にかませてある。

 BPF回路の試作基板はジャンク箱から見つけることが出来なかった。コンデンサ部分をICソケットにして、容量を変えて、中心周波数の確認をした覚えがあるが。まぁ 15年間もジャンクのままで姿を残している事自体、珍しいわナ・・・。

 

☆ボコーダーの完成<予想図?>

 いきなり話の脈略なしに完成の写真。

 ±15Vにスイッチング電源を使っている為、100KHz付近ですさまじいノイズを発していることが判明。せめて三端子REGにでも換えないことには気が済まない。

 しかし、ここまで15年。更に改装を待っていると完成はいつになるか分からない。一旦ここで完成としておく。

 以下完成の図

<正面より> 

天板にはフロント、リア共に固定ねじを追加した。

 

<上蓋を開けて>

フロント、リアパネルも満足。仕上げについては後程。

 

<上蓋を開けて斜めより>

奥に見えるTDKスイッチング電源がノイズの元凶だった。

 

<リアパネル>

出力調整と各チャンネルのバイアス調整用ボリューム。レベル調整用にすればよかったと後悔。

 

<内部全体の図>

赤黒のケーブルはメータ線。レイアウトを考え直すべきだったか?

 

<メインP板>

電流アンプ CA3080A キャンタイプを使用した10chボコーダー回路。 奥にノイズフィルタが見える。

 

<サブP板>

左がDBX用IC NE570N を使用したコンプレッサー&エキスパンダー回路 右がメータ駆動回路

 

<フロントパネルを後方より>

中央がMICアンプとイコライザ、右に出力メータが見える。

 

                                                    つづく